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What I have been learning.

最近、教えられていることを綴っています。
男の沈黙
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    先週の土曜日、NewLifeの30代の男性たちの交わり会(別名、茶室)に顔を出しました。「アダムの沈黙」(Lawrence J. Crabb)の輪読が始まったところでした。(J.Crabb氏は米国では有名なカウンセラーです。彼の著書が私の結婚観の基礎を築いたと思います。)

    ”男を怯えさせるのは簡単だ。一旦怯えてしまった男は、自分の内側に理解できない居心地の悪い領域ができると、居心地のいい、自分の能力の及ぶ領域へと、当然のように退避していく。”(本書からの抜粋)

     なぜ、アダムはエバが誘惑されたとき、傍らにいながら沈黙したのか?何が彼を沈黙させたのか?

     本書を読んでいないので内容は分からないのですが、「男性の沈黙」は全世界共通の問題と考えられています。NewHopeの若い夫婦の学び会で「男性の沈黙」について話した内容を記したと思います。

     なぜ男性は沈黙するのか?それは、男性と女性が問題に直面したとき、ストレスの感じ方が異なるからです。男性は自分の責任領域に問題が存在していること自体にストレスを覚えます。しかし、女性は問題の存在よりも、問題に対して何も対処しないことにストレスを覚えます。この男女の違いに沈黙の原因が隠れています。

     男性は自分の責任範囲内に問題が存在していることにストレスを感じ、解決を見いだせないとき、解決が見つかるまで問題を一時的に保留にします。(問題に対する解決を持たないことが判明すると、テストステロン(意欲を生じさせる)の分泌が抑えられることも解明されています)しかし、女性は解決が見いだせなくても問題を保留にはせず、感情的に抱え込みます。女性にとって問題を保留することは、「何もしていない」ことに等しく感じられます。(保留が放棄にもなることが多々ありますが)その結果、何もしようとしない男性に対して批判的な態度を募らせることになります。問題を感情的に抱え込んだ女性は問題について話すことによってストレスを軽減しようとします。しかし、男性の何もしない態度に批判的な感情を抱いたままの会話はどうしても批判的になってしまいます。すると、解決を持たない男性は批判されると沈黙するのです。最初は口論になるかも知れませんが、最終的に行き着くところは「男の沈黙」です。

     男性と女性の問題に対するストレスの感じ方の違いを理解することは問題を解決する上でとても大切です。

     男性が沈黙を破り、問題の解決に取り組むために必要なことは、問題に対するストレスを軽減することです。そのためには、問題を拒絶するのではなく、肯定することを夫婦が共に学ぶことです。問題が存在していることに過剰な反応をするのではなく、人生には様々な問題が起こるものだと受け入れることが大切です。

     
    ”世にあっては患難があります。しかし、勇敢でありなさい。わたしはすでに世に勝ったのです。” ヨハネ16:33

     イエスは「世にあって患難、問題があります」と問題の存在を否定されずに肯定されました。問題を正当化したり、開き直ったりすべきではありませんが、否定もすべきではありません。「うちの子に限って、そんなことするはずがありません」という言葉は典型的な否定です。「あなたがちゃんとしていないから、こんな事になるんだ」という言葉は典型的な責任転嫁です。キリスト者の場合、問題の存在=不信仰と見なすことがあります。矯正すべき習慣から生じる慢性的な問題は例外として、問題を否定するのではなく、肯定し、向き合うことが問題解決に欠かせません。

     神様はアダムの妻エバを「助け手」として創造されました。この「助け手」は「神様に代わる助け」との意味です。神様はアダムが「解決を持たないまま」で問題と向き合うための「助け手」としてエバを備えられたのです。「解決を持たないこと」が批判されないとき、男性は問題を保留にしないで、真正面から取り組むことが容易となります。男性が「沈黙」という避難所に一時的に避難しないためには、夫婦が「問題を肯定すること」、問題が存在していることを否定したり、互いの責任を非難し合ったりせず、「私たち二人の問題」として受け止めるとき、解決に向けてコミュニケーションが可能となるのです。解決の糸口が見てなくても、コミュニケーションが生まれると女性のストレスは軽減し、批判的な態度は消失していきます。
    | newlifeblog | Relationship | 07:44 | - | - | - | - |
    Grace Fellowship 牧師会
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       Grace Fellowship牧師会が日曜日から火曜日にかけて静岡県掛川市のつま恋リゾートで持たれました。Grace Fellowshipに属する教会は関東から九州に点在するため、中間地点の静岡で持たれることが多くなりました。NewHopeの礼拝を終え、JR彦根駅で妻と合流し、つま恋に向けて出発しました。牧師会に夫婦揃って出席するのは、実に8年ぶりのことでした。夕食会は午後7時30分予定。名神、東名もあまり渋滞していませんでしたが、現地到着は8時を少し過ぎることが予想されました。掛川IC付近に差し掛かったところ、携帯が鳴りました。今回の幹事担当の方からでした。ラストオーダーの時間となったので、どこかで食事を済ませて来て下さいとの連絡でした。掛川ICを降り、レストランを探したのですが、適当なところが見つからないまま、つま恋リゾートの手前で来てしまいました。つま恋リゾート周辺は閑散としていて、あまり外灯も無く、レストランが営業している気配は全くありませんでした。突如、ちょっと怪しげな(非常に怪しげな)レストランを発見。看板を見ると、インド料理店でした。近くに他のレストランも見当たらなかったので、選択の余地がないまま、不安な気持ちで店の中に入りました。店内にはお客さんが二人。チキンカレーとキーマカレー、それぞれがナンを注文し、待つこと約5分。出てきたナンの大きさには驚きましたが、カレーの味はとてもおいしかったです。空腹であったこと、美味しかったこと、牧師会に遅れていることも重なってか、あっという間に平らげてしまいました。旅行の喜びは良い意味での「期待はずれ」の体験ですね。あまり期待していなかったので、カレーの美味しさもひとしおでした。

       ニューライフが旧会堂で礼拝していた頃、初めて教会を訪れた方の口から「サティアンみたいですね。」と言われたことがありました。滋賀県の某教会の先生が礼拝のメッセージの中で、「建物の外壁ぐらい何とかしないと、誰も教会には来ないですよ。」とお叱りを受けたこともありました。私のメンターのジェリー牧師が初めてニューライフの旧会堂を見たとき、「アメリカなら、このような建物の教会にひとが来ることは、まず考えられない。でも、ニューライフにひとが来ていることは素晴らしい。」と励まして下さいました。正直なコメントに複雑な気持ちになりましたが、新会堂建設へのチャレンジとして受け取りました。

       「人は見た目が9割」という本のタイトルを見て妙に納得しました。本は読んでいないのですが、書評を読む限り、内容が本のタイトルを全く証明していないと否定的な意見が多かった。でも、タイトルに惹かれて、数十万部も売れたそうです。多くのひとが内容ではなく、タイトルで本を買う傾向があることが(見た目が9割)、本の内容によってではなく、売り上げ部数で証明したおもしろい本ですね。

       見た目が怪しいレストランに足を踏み入れるのには多少の心の壁、不信感が伴います。今の時代、残念なことですが、ある程度、見た目で判断することは生活の知恵となっています。私たちが他者を判断するとき、見た目ではなく、内容で判断することは大切ですが、判断される側としての意識もしっかりと持たなければならないと思います。教会は神様が集められた人々の群れであることは事実ですが、教会に足を踏み入れるひとの心の壁、不信感を取り除くことに最大限の努力が求められる時代に教会が遣わされていることを改めて思わされました。心の壁、不信感を取り除くためには、「顔が見える」ということが非常に重要だと思います。牧師として努めてきたことは「顔が見える関係」を地域社会と築いていくことです。この取り組みを継続していかなければ、気がつけば「顔の見えない教会」となっていくのではないでしょうか。

      | newlifeblog | Relationship | 07:20 | - | - | - | - |
      拒絶の恐れ パニックボタン
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         昨日、午後4時から函館シオン教会の増井牧師(ヨウさん)を囲んで
        インターン・ミーティングがありました。最初、ヨウさんが恩師ジャックヘイフォード牧師から教えられた牧会哲学を分かち合って下さいました。その後、テーマは「Core Fear」(恐れの中核)に移りました。私たちの最も深い恐れの一つが「拒絶」です。ひとが「拒絶」を感じる状況は千差万別です。あるひとは失敗を指摘されることで「拒絶」を感じ、心の中がパニック状態に陥り、防御的になります。あるひとは他のひとが絶賛されると自分が拒絶されたと感じます。サウル王は民衆がダビデを称賛したことで拒絶を覚え、ダビデの命を奪おうとしました。私たちの心には「パニック・ボタン」があるのではないでしょうか。夫婦喧嘩の原因は、どちらかが相手のパニック・ボタンを押すことによって、突然、会話が感情的、批判的、攻撃的に一変することによるのではないでしょうか。インターンのミーティングの中で、参加者それぞれの「Core Fear」について思索する時間を持ち、分かち合いの時を持ちました。男性が自分の恐れについて正直になることは大切なことですね。



         その後、和食さとに場所を移し、「話題」は今まで経験した「痛み」についての自慢大会(?)へと発展しました。まず最初は椎間板ヘルニア代表の私とIさんが「頚椎の神経の痛み」を力説。二番手のMさんはへそが化膿し、切除手術した時の激痛について話し終えると、別のMさんが白内障の手術を受けたときの様子を少し控え目にコメント。へその切除手術をしたMさんが再度登場し、親知らずを抜いたときの痛さを切実に訴える。最後は、私が歯を全部抜いて、総入れ歯にしたときの痛さを話したところ、「それはウソや」とつっこまれ、痛み自慢大会は幕切れとなりました。何を競い合っているのやら。

         
        | newlifeblog | Relationship | 22:18 | - | - | - | - |
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