blog index

What I have been learning.

最近、教えられていることを綴っています。
私服
0
     

     ある方から私服のワードローブの写真を撮って欲しいとの依頼があった。ご主人の私服の参考にしたいとのこと。参考にはならないと思うのだがブログ初のファッション論について書いてみよう。アメカジが基本。「Men's Club」が愛読書だった。米国留学のときに出会ったJ.Crewのカタログがアメカジの教科書になった。休日になるとダウンタウンにあったお店に出かけるのが楽しみのひとつだった。

     写真は最近のお気に入りのワードローブ。ジーンズはLevis703。定番の501は個人的には細すぎる。カシミヤのマフラーは20年以上愛用している。シャツはRightOnのセールで980円(定価2980円)、セーターはアウトレットのセールで3990円。年二回のバーゲンで定番アイテムを一、二点購入し、1年以上着なかった服はオークションに出品するか、誰かに譲るか、処分する。定価で買うことはほとんど無い。最近、Banana RepublicとPaul Smithの2点のレーザージャケットをオークションで売ることができた。ダウンを着るようになるとレーザージャケットでは寒すぎる。中年になると快適さが優先される。

     テキスタイル・デザインの仕事をしていたので素材と色には少しこだわるかな。スタイルはシンプル、素材や色で個性を出すのが基本。これぐらいで終わり。
    | newlifeblog | - | 22:40 | - | - | | ログピに投稿する |
    新年聖会@NewHope
    0
       

       2012年、New Hopeの新年聖会の講師は友人のクレムさんが来てくださった。去年、彼は11カ国でミニストリーをし、200日以上家を留守にしたそうだ。「そんなに家を留守にして大丈夫?」と心配して聞いてみたが、「旅をしていないときは極力家にいるようにしているので家族と過ごす時間は普通のひとよりも多いから」との回答だった。いつもはジェリーさんと一緒だけど、今回はひとりだったので個人的にいろいろと話ができた。互いの家族のこと、今読んでいる本、日本の宣教の課題点などなど。今後の働きについて多くの示唆とビジョンを再認識することができた。

       霊的な父のような存在だったケニーさんが末期の癌で入院していた病室で遺言となった励ましの言葉を語ってくださったことを忘れたことはない。ケニーさんの親友ジェリーさんがメンター役を引き受けてくださったときも、ケニーさんと同じ励ましの言葉を繰り返し語ってくださった。しかし、彼らの励ましの言葉は私にとっては身に余る言葉だったのでなかなか素直に聞き入れることができなかった。今回、NewLifeの礼拝後、クレムさんも同じ励ましの言葉を語ってくださった。「多くのリーダーを育てること」 いろいろな意味で自分の周りでリーダーが育っている。でも、自分が育てているという実感は全然なく、いつも助けてもらっているとの感謝の思いしかない。

       次世代のリーダーを育てる学びの場をNewLifeとNewHopeで持ちたいとの願いが強くされた。彼の訪問は自分自身のためであったかのようだ。濃厚な5日間だった。次に会うのはアメリカかな。2012年、神の摂理、神がすべてをご支配しておられることがひとりひとりの人生で再認識される年になることを心から願って止まない。
      | newlifeblog | - | 19:38 | - | - | | ログピに投稿する |
      Happy New Year 2012
      0
         
          あけましておめでとうございます。2012年、元旦礼拝の聖書の言葉は「いつも喜んでいなさい」(1テサロニケ5:16)だった。いつも喜ぶことなどできるはずがないと思える。喜ぶことが感情面に限定されるならそうなる。しかし、いつも喜ぶとは神様に対して最善を期待する「心の態度」を持ち続けることだ。

        ” これらの人々はみな、信仰の人々として死にました。約束のものを手に入れることはありませんでしたが、はるかにそれを見て喜び迎え、地上では旅人であり寄留者であることを告白していたのです。” (ヘブル11:13)

         聖書が賞賛する信仰者の歩みは「約束のものを手に入れることはありませんでしたが、はるかにそれを見て喜び迎え」たとあります。彼らは神様に最善を期待することを最後の最後まで止めなかった。「約束のものを手にいれることはありませんでした」、もはや約束のものが手に入らないことが明らかになっても、神様に最善を期待することを止めなかった。なぜなら、神様に対して最善を期待することを心の態度として定めていたからだ。彼らの喜びは応答ではなく、選択だった。約束のものを地上の歩みにおいて手にいれたか、手に入れることができなかったか、彼らにとってあまり大きな問題ではなかった。彼らは地上では旅人であり寄留者であることを告白し続けた。

         彼らの信仰にいつも心探られる。今年も旅人であることを忘れずに歩んでいきたい。

         毎年、ブログに一年の目標を記しているので、今年も少しだけ、心にある願いを記しておこう。去年の後半、ブログを更新するのが難しくなった。理由は、連載記事(月2回)、翻訳記事(月1回のニュースレターを翻訳)、某出版社から依頼された本の執筆、翻訳出版された子育ての本のワークブックの執筆と急に書く仕事が増えたことにある。ブログを始めた2つの動機は、牧師の思いを伝える媒体を増やすことと書く力を養うことだった。現状は書く量が許容範囲を超えている。そこで、今年一年は書く内容は日常の様子に限定することに決めた。連載や本の執筆が終われば、再び、ブログでもいろいろと発信したい。そう決めてから心が少し軽くなった。心が軽くなるとブログに向かいやすい。2年間の連載が終わった時点で本になる予定。執筆依頼の本も今年中に書き上げたい。 
        | newlifeblog | - | 20:06 | - | - | | ログピに投稿する |
        Cafe in Korea
        0
           

           ソウル市内にはCafeが驚くほど多く点在している。毎朝、朝食を取るためのCafe探しが愉しみとなった。宿泊先から数分のところにあるKONA BEANSがお気に入りとなった。日本から持参した内田樹氏の「呪いの時代」を薄いコーヒーを飲みながら読んだ。「呪いの時代」、今の社会を鋭く言い当てていると思う。「呪いの時代」とは拒絶の時代とも言える。ネット上では拒絶の言葉が飛び交っている。

          “「呪い」は今や僕たちの社会では批評的な言葉づかいをするときの公用語になりつつあります。「弱者」たちは救済を求めて呪いの言葉を吐き、「被害者」たちは償いを求めて呪いの言葉を吐き、「正義の人」たちは公正な社会の実現を求めて呪いの言葉を吐く。けれども、彼らはそれらの言葉が他者のみならず、おのれ自身へ向かう呪いとしても機能していることにあまりに無自覚のように思われます。“(呪いの時代)

           「呪い」とは他者の存在が消え去ることで自分が幸せになれるとの破滅的な思いだ。「あのひとさえいないければ」、その願いが呪いとなっていくのだろう。反対に、祝福とは「あのひとがいたからこそ今の自分がある」と他者の存在を肯定すること。他者を肯定するためには自分の存在が希薄になっていては難しい。ありのままの自分を肯定する者から祝福は流れ出す。

           今回の旅行で韓国が身近になった。バスにひとりで乗るのは難しいが、電車なら問題はない。

          | newlifeblog | - | 12:58 | - | - | | ログピに投稿する |
          韓国訪問 2
          0
             

             韓国2日目、キムドヒョンさん、ノマさんのオフィスを訪ねた。ビルの二階にあるオフィスはカフェのような居心地の良い場所だった。ノマさんが美味しいコーヒーをいれてくださった。韓国のコーヒーはアメリカンが主流みたいで、日本人にとっては薄すぎるような思えた。滞在中に通ったKONA CAFEは本を読むのにはよかったけれど、どうもコーヒーの味が薄くて残念だった。それと、物価は日本の三分の一程度なのにコーヒーの値段は同じぐらいだった。

             写真の右端の方が韓国では有名な金監督。今回、初めてお会いし、昼食をご馳走してくださった。韓国のテレビ局で制作部長をしておられたとき、担当したドキュメンタリー番組の数々が受賞し、その名が知られるようになったそうだ。退職後もドキュメンタリー映画を制作したり、作家としても活躍されている。今回の旅行をコーディネイトしてくださった友人の方がどうしても金監督を紹介したいと日程を調整してくださった。短い時間だったけれど、意気投合した。金監督から「明日、焼肉をご馳走します」と申し出てくださったが、過密スケジュールで体調を崩されたので残念ながらキャンセルになってしまった。ゆっくりとお話がしたかったので残念だったが、もし、今後も交流を続けることが導きなら、もう一度お会いしたいと密かに願っていた。帰国の日、奥様とご一緒に訪ねてくださり、カフェでお話する時間が与えられた。お忙しい方なのに、わざわざ見送りに来てくださったことに感激し、神様に感謝した。


            (金監督からマッサージをしていただいた。恐縮して気持ち良さどころではなかった。)

             昼食を終えた後、ポールさんと一緒に韓国のサウナに出かけた。日本のサウナとは違い、男女が一緒に入れる施設になっているので、カップルや家族連れが多かった。スポーツマッサージを受けた。施主が若い男性で驚くほど上手だった。ただ、「痛い」という韓国語を教えてもらうのを忘れたので、痛くても何も言えず、我慢し通しだったのが少々辛かった。
            | newlifeblog | - | 11:27 | - | - | | ログピに投稿する |
            韓国訪問
            0
               

               韓国は熱かった。道を歩いていると車に轢かれそうになる。日本では車が止まってくれるという意識がどこかにある、でも韓国では通用しない。(たぶん) なので緊張しながら歩く。街中で鳴り響くクラクションの音を聞くとソウルがアジアンシティであることを実感する。今回は夫婦で行く予定だったが、妻の日程が調整つかず、一人で行くことになった。何度か取り止めにしようかと悩んだが思い切って行くことにした。旅の目的はリフレッシュと旧友を温めること。ソウルは大都会なので観光には関心がもてず、ガイドブックを眺めても行きたい場所が見当たらなかった。ただ韓国の友人たちとの親睦を深めることが大切に思えた。毎回、日本に来られるときに交流を続けてきたが、一度、彼らの生活や働きの場を見たいと思った。

               水曜日 関空を出発し、1時間30分の飛行時間で韓国の仁川空港に到着。ポールさんが出迎えてくださった。まず空港内のレストランでビビンパをご馳走になる。その後、地下鉄で宿泊先へ向かう。約1時間30分かかった。宿泊先はキムドヒョウンさんが紹介してくださった教会のゲストハウスに泊めていただくことになった。クリスチャンのビジネスマンの方が教会の働きのために無償でビルを貸してくださったそうだ。こういう話を何度も聞くことになった。一階はカフェ、三階は金監督の事務所、四階がゲストハウス。夜はオンヌリ教会で開催される日本人教会の合同祈祷会に出席した。道に迷いながら到着した会場には200名以上の方々が集っておられ、日本の復興のために熱心な祈りが捧げられていた。初日から韓国の熱さに触れることになった。(続く)
              | newlifeblog | - | 10:38 | - | - | | ログピに投稿する |
              優勝おめでとう
              0
                 

                 観たい映画リストの上位にあった「マネーゲーム」をやっと観れた。モーニングショーだったので1000円だった。モーニング・ショーのお陰で映画館で観ることが増えた。レンタルビデオで借りても400円もするので絶対に映画館で観るほうがいいと思う。貧乏球団だったアスレチックスをワールドシリーズの優勝チームに育てた実在するGMビリー・ビーンの言葉に共感するところが多くあった。彼は過小評価されている選手を集めて、良い面を伸ばすことに力を注いだ。チームスポーツの原点に立ち返った。マリナーズのイチロー選手が年間200本以上の安打を記録してもチームは優勝しない。映画のワンシーンに監督が次の就職先のことを案じる場面があった。プロフェッショナが背負う宿命を垣間見た気がした。チームが優勝してもトレードで放出されるかも知れない。それでも、優勝を目指すのは野球が好きで、勝利することの喜びが何にも替えがたいからだろう。

                 先週、次男の中学のチームが摂津市と島本町の合同大会で優勝した。前回に続いて二連覇を達成した。五人のスタメンのうち、三人が初心者というチームで優勝したのはチーム力だったと思う。近隣の市町村では小学生のバスケット教室に力を入れている。中学一年生の時点では全くの初心者と数年の経験者ではスキルに雲泥の差がある。数年前、隣の市のYMCAの責任者に直談判して教室を開いてもらうことになった。今では三男がお世話になっている。長男が中学生だったときのチームは三島大会(吹田、高槻、茨木、摂津、島本)で三位になった。次男のチームは優勝を狙えるかも知れない。映画を観終わった余韻の中、小さな町の中学校のチームとアスレチックスがなんとなく重なった。

                 教会も同じかな。スター選手はいらない。ひとりひとりが委ねられている賜物を発見し、用いることで託された働きを担えるようになるのだろう。
                | newlifeblog | - | 20:43 | - | - | | ログピに投稿する |
                デイパック
                0

                   

                   日曜礼拝のメッセージは列王記の学びが終わり、ダニエル書の講解メッセージが始まった。列王記はバビロン帝国の侵略によるユダの首都エルサレムの陥落、バビロン捕囚までを伝えている。ダニエルは捕囚の民としてバビロンの王に仕える候補のひとりとしてバビロンへ連れて来られた。少年ダニエルは故郷を失い、家族から引き離され、異国の地バビロンで王に仕える人生に不安を抱かなかったのだろうか。眠れない夜を過ごしたのだろうか。ダニエルは安らかに眠りについたと思う。聖書はバビロンの王ネブカデネザル王が見た夢のことで心が騒ぎ、眠れない夜を過ごしたと記している。バビロンの王であるネブカデネザル、彼の傍らには忠誠を誓った屈強な兵士が数万、数十万といた。彼の宝物倉には征服した国々の財宝が詰まっていた。それなのに、彼は明日への心配で眠れなかった。明日への不安は力や財を手にしても払拭されることはない。いや、力や財を手に入れるほどに不安は増し加わるのだろう。

                   ”そういうわけだから、何を食べるか、何を飲むか、何を着るか、などと言って心配するのはやめなさい。 こういうものはみな、異邦人が切に求めているものなのです。しかし、あなたがたの天の父は、それがみなあなたがたに必要であることを知っておられます。 だから、神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのものはすべて与えられます。 だから、あすのための心配は無用です。あすのことはあすが心配します。労苦はその日その日に、十分あります。”
                  (マタイ 6:31−34)

                   「明日の心配は無用です」、明日への心配ほど重労働はない。旅に出かけるとき、何泊するのかで荷物の量が決まる。海外旅行ならスーツケースが必要だが、日帰り旅行ならデイパックで十分だ。信仰の歩みとは日帰り旅行に必要な荷物だけを背負うようなもの。しかし、私たちの信仰の歩みは海外旅行にでも出かけるように両手に2つのスーツケース、背中には大きなリュックサック、腰にはウエストバック、詰め込めるだけ荷物を詰め込み、重い荷物で疲労困憊していることはないだろうか。日帰り旅行の荷物は必要最低限の荷物だけを選ばなければならない。夏の時期に冬服を詰め込む必要はない。聖書が「明日の心配は無用です」と教えるのは、父なる神様は私たちの必要を知り、本当に必要なときに必要なものを備えてくださる。必要なものは必要なときに備えられるので、私たちはその日の労苦に心を砕くべきだ。明日への心配が心を支配しないために必要なことは、「神の国とその義をまず第一に求めなさい」との言葉に従うこと。

                   神の国を求めるとは、神のみこころが私たちの人生で成し遂げられることを求めることだ。神のみこころを求めるとき、神は私たちの必要を満たしてくださると約束してくださっている。神のみこころが成し遂げられることに心を砕くとき、もはや、明日への不安が心を支配する余地はない。

                  ” むしろ、あなたがたはこう言うべきです。「主のみこころなら、私たちは生きていて、このことを、または、あのことをしよう。」” (ヤコブ4:15)

                  | newlifeblog | - | 06:13 | - | - | | ログピに投稿する |
                  身体の硬さ自慢
                  0
                     

                     先週の木曜日、韓国のゴスペル歌手 キム・ドヒョンさん、ノマさん、友人の牧師夫妻、リディアさんが教会を訪ねてくださった。ドヒョンさんは高知と京都でのコンサートのため来日された。韓国では知名度がある方だが、実に気さくなひとだ。牧師室で談笑した後、近くのレストランでご馳走になった。12月初旬に韓国に行くことになった。前から何度も誘っていただいていたがなかなか踏ん切りがつかなかったが、今回は思い切って行く事に決めた。ドヒョンさんが知り合いの教会の施設に宿泊できるように手配してくださった。今、韓国までの往復航空券は2万円前後なので、懐事情には大変助かる。韓国での日程はコーディネイトしてくださる友人に全部任せたので、会うべきひとに会い、行くべき場所へ行き、訪ねる教会を訪ねることになりそう。こんな旅行は初めてだ。本当は妻と一緒に行きたかったが、彼女は子どもの期末テストがあるため行くことを断念した。今年の夏期聖会の講師を務めてくださったキム・ジョンギムさんとも再会できると思う。 
                    | newlifeblog | - | 17:11 | - | - | | ログピに投稿する |
                    自分の十字架
                    0

                       

                      ”それから、イエスは弟子たちに言われた。「だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負い、そしてわたしについて来なさい。” (マタイ16:24)

                       「自分の十字架を負うこと」とは、自分の人生そのものを仕方なく、押しつけられて引き受けるのではなく、能動的に受け入れることだ。ニーバの祈りの一節にあるように、「変えることのできないものについては、それを受け入れるだけの冷静さを与えたまえ。」と変えることのできないものを自分の十字架として受け入れることがイエスに従う一歩となる。「夜と霧」の著書フランクルは結婚9ヶ月のとき、最初の妻と共に強制収容所へ収監された。そして、彼の妻は収容所内で亡くなった。自分の身に起こった悲劇的な出来事に対して彼は神を呪うことをせず、自分の十字架として受け入れた。

                      “たとえ収容所に入れられた最初の時点で何を奪われようとも、運命に対してあれこれの態度をとる自由だけは、最後の息を引き取るまで、誰もその人から奪うことはできないのである。そしてまさに、この「あれこれ」の態度をとる自由は実際に存在したのである。 “(人間とは。P.186)

                       ナチス・ドイツによるユダヤ民族への迫害によって全てを奪い取られたが、たったひとつだけ剥奪できなかったものが魂の自由だった。自分の身に起こった出来事を受動的に引き受けるのか、能動的に受け入れるのか、その苦しみをただ我慢するのか、産みの苦しみを通してもたらされる神の創造の業に期待すること、二つの選択肢がいつも目の前にある。

                      “確かに、どの強制収容所にも自らの無感動を克服し、苛立ちを抑制することができた少数の人々がいたのである。それらの人々は自分自身のために何も求めず、ひたすら自分を捨て、自分を犠牲にしながら、点呼場を横切り、収容所のバラックを通って、こちらでは優しい言葉をかけ、あちらでは最後の一切れのパンを手渡していたのである。“ (人間とは p 186)

                       強制収容所内でその身に起こった悲劇を自分の十字架として能動的に受け入れた人々は使命感に覚醒した。それらの人々は強制収容所に強制的に収監されたと考えず、その場所に派遣されたと考えた。使命感に覚醒した魂は自分のことを心配する重荷から解放され、他者への気遣いに心を砕くようになる。自分のことを心配することほど負いきれない重荷はない。他者への配慮は負いきれない重荷ではない。

                       わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからです。(マタイ11:30)

                      | newlifeblog | - | 07:44 | - | - | | ログピに投稿する |
                      1234567
                      891011121314
                      15161718192021
                      22232425262728
                      293031    
                      << January 2012 >>

                      bolg index このページの先頭へ